彼女をマリアと呼ぶ日まで

独学ピアノ練習記

10日目 スカートめくりをしておけばよかった

 ピアノを始めて10日が経った。

 3日坊主、1週間坊主などとよく言うが、とりあえずその期間を超えて10日続けることができた。おれがいかに怠け者か知っている者ならこれがどれほどの奇跡かよくわかるだろう。

 いままでのおれは仕事が終わればもうやる気をなくし、明日やろう、明日やろう、で延々と物事を先延ばしにしてきた。

 毎日小説を書こうだとか、絵を描こうだとか、色々決めては反故にし、怠けに怠けてきた。

 そんなおれが、たった1時間とはいえ、毎日できもしないピアノの練習に打ち込むなどと誰が想像しただろうか。

 ここまで来ればある程度安心だ。あとは疲れや体調不良、事故や酒などに気をつけるだけだろう。

 

 さて、10日目ともなれば順調に腕は上がっていた。

 まだまだ演奏には程遠いが、だいぶ狙った鍵盤に指を運べるようになってきたし、少しずつ楽譜が読めるようになってきた。

 しかしここで大きな問題が発生した。

 ページをめくることができない。

 いや、ページをめくることはできる。だがその間演奏は完全に止まってしまい、次のページに移った時点で手をどこに置いていたのかわからなくなり慌てて楽譜とにらめっこしなければならない。

 これは問題だ。なんせ、おれが買ったのは本だ。本はめくらなければ次のページが見れない。

 おそらくネットで検索すればいいページめくりの方法が見つかるだろう。

 だが、おれはあえてここで検索はしない。

 なぜなら勉強は1日1時間と決めたからだ。

 決してPS2の地球防衛軍2がやりたくて努力を怠っているのではなく、決めてしまったのだからしょうがないのだ。

 おれはふと、素早くページをめくり、何事もなかったかのように演奏を続けるピアニストを想像し、「ああ、スカートめくりをしておけばよかった」と後悔した。

 きっとピアノを弾けるやつらはスカートめくりが上手いはずだ。

 その技術は並大抵のものではない。

 スカートめくり——素早く一瞬でめくり上げ、ターゲットのお尻——すなわちパンツ——を確実に視姦し、安全地帯まで退避する。

 これがいかに神技か。

 スカートという筒状に垂れ下がった布を重力と真逆の方向に浮かばせる。

 これは僅か1刹那のあいだに済まさねばならない。

 なぜならターゲットが「スカートをめくられた」と察した瞬間に手を臀部に向け、振り返ってしまうからだ。

 人間はなにかを感知し反応するまで最速で0.2秒と言われている。そこから手を動かす時間を考えると、与えられた時間は0.5秒。

 そのゼロコンマ5秒のあいだにスカートをめくり、視姦し、退避しなければならない。

 さすれば当然スカートをめくる時間は1刹那、時とも呼べぬほどの僅かな隙間だ。

 その日の気温、湿度、風速などから空気抵抗を計算し、正確な動きで確実にスカートをめくる。

 そして目的であるパンツを脳の限界を超えた集中力で凝視、カメラのように映像を記憶しながら一気に退避。

 そしてターゲットがお尻を隠し、振り向いたときには2メートル以上離れ、まるで偶然風の影響でスカートがめくれ上がった女子を目撃したという様相をしていなければならない。

 これを神技と呼ばずしてなんと呼ぶ。

 音よりも速くめくり上げる技術、かがんだ状態から瞬時に後退し、歩行状態へと移行する体術、パンツの魅力に溺れぬ精神力。

 心・技・体、この3つが揃ってはじめてスカートめくりが成り立つのだ。

 その神技を持ってすればピアノの演奏中に楽譜をめくることなど児戯に等しい

 ああ、スカートめくりをしておけばよかった。

 まさかおれがピアノを習得しようと思うなどと、ガキの頃は考えもしなかったからなぁ。